取り上げられたポケバイの代わりに タコ師匠のバイク史:その4

タコは結局子供用の自転車には一切乗らず、保育所に行く年齢を迎えました。

保育所には何の為に行ってたのかよく覚えておりません。

ただ唯一、保育所に迷いこんだ首輪のついた犬を保護して、給食の残飯を与えていた記憶だけがあります。

そんなタコは保育所から帰宅すると、犬の散歩に出掛けます。

・・が、以前のようにポケバイには乗れなくなっていました。

駐在所の警察官から親が何度も何度も警告され、ガソリンを抜いてプラグを外すといった暴挙に出たのです。

そこで土佐闘犬の太郎號の背に股がり、鞍や鐙なしで首輪を持ち走りました。
↑★よゐこは絶対に真似しないでね!

太郎は運動不足だったのでしょう。

4~5歳の子がポケバイと言えども自力で行ける場所なんぞ家から2~3㎞程度、たかか知れてます。

その3倍の距離は散歩してあげないと、大型犬には運動量が足りません。

保育所から家に帰るなり太郎がオリを引きずりながら寄って来て、散歩行こう!とおねだりしてきます。

太郎!進め!太郎!走れ!太郎!止まれ!太郎!お座り!

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全て完璧に従います。

首輪を右に引くと右側へ、左に引くと左側へ曲がるので
体重移動していればかなりのスピード出しても背中からは落ちません。

ポケバイ比で目線の高さが50㎝ぐらい高いので視界がよく、実際のスピードよりも体感速度は低いのです。

雨でもカッパを着て散歩には出掛けていました。

そして春先。

まだ独身者だった叔父さん、叔母さんが続けて結婚され当家より旅立ちます。

叔父さんは給料の半分を車とバイクに注ぎ込む変わり者。

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叔母さんは給料の中から、毎月普通の子供が遊ぶオモチャを買ってくれていました。

結婚ってよくわかってなかったタコは、大好きな叔父さん叔母さんにプレゼントをあげようと生まれて初めて真剣に考えます。

近所に家を建てた叔父さんには、畑で育てた梅と柿の苗木と鶏数羽を。

犬では行けない距離の叔母さんには、番犬としてボクサー犬のよしあき號を。

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当時は二人とも大迷惑だったと後に、祖母の葬儀でカミングアウトされるのですが。。。

offroad

たまに連れて行って貰う、どんづる峰という山で叔父さんと爺さんが造った手作りモトクロスに乗る以外、次第に2輪車に乗らなくなります。